大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)4894号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕第一、請求原因の(一)ないし(五)、二(但し被告西田に過失があるとの点を除く)、三の(五)の各事実は当事者間に争いがない。
第二、事故態様、責任
<証拠>によれば、本件事故現場は、道路の幅員が一九、五メートルの東西道路と、これに北側が幅員五、五メートル、南側が幅員九メートルの南北道路とが交差する交通整理の行われていない見通しの悪い交差点内で、事故当時は夜間で雨が降つており、かつ、同交差点の東側の東西道路の南端に駐車車両が停めてあつて同交差点の東側方面と南側方面とが互に見通しの悪い状況にあり、東西道路の中央に旧市電の軌道跡があるが、被告西田は加害車を運転して同交差点を南から東へ右折しようとし、東西道路の南端の延長線上付近で一旦停止し、西進する数台の車両をやりすごした後、西進車両が途切れたようであつたので時速約五キロメートルで発進し約五、五メートル進行して西進車道の中央付近に至つた時、右(東)方約一七、三メートルの前記旧市電軌道の敷石の南端から一、七メートルの西進車道の北側(東西道路の中央寄り)の地点に西進する原告運転の被害車を認め、危険を感じ制動し、約二、二メートル進行して同交差点の中央部分で加害車の前中央部が前記敷石にかかる付近で停止すると同時に、被害車の左側部分と衝突し、原告と被害車が加害車前部にもたれかかるような状態となつたここと、一方、原告は加害車を運転して時速約二〇ないし二五キロメートルで東西道路を東から西へ進行し、同交差点を通過しようとしたところ、南側道路から低速度で右折しようとしている被害車を左前方約五ないし六メートルの地点に認め、瞬間、同車が停止するものと思つたが、そのまま進行してきたため、右転把して、急制動の措置をとつたが及ばず、前記のように衝突するに至つたこと、がそれぞれ認められ、右認定に反する被告西田幸雄本人尋問の結果はたやすく措信しがたい。右事実によれば、本件事故現場交差点の東南角付近から東側にかけて、東西道路の南端に駐車車両があり、夜間で降雨中でもあつたのであるから、同交差点を幅員の狭い道路から広い道路へ南から東へ右折しようとする加害車を運転する被告西田としては、特に右(東)側をよく注視し、その安全を確認して進行すべき義務があるものというべきところ、同交差点の手前で一旦停車はしたが、西進車両が数台通過して途切れたことに気を許し、右側の安全を充分に確認することなく同交差点に進入し右折しかけたため本件事故を発生させるに至つたものと認められ、同被告に運転上の過失のあつたことは明らかである。他方、原告においても右のとおり見通しの悪い交差点を通過するのであるから前方をよく注視して進行する義務あるものというべきところ、漫然と進行し、ゆつくりと同交差点に進入し右折しかけている車を左前方五ないし六メートルの地点に至るまで気づかなかつたもので、同原告にも過失があつたものと認められる。しかして被告西田と原告の過失の割合は、以上認定の事実および本件に顕れた一切の事情を考慮して、被告側を八、五原告を一、五とするを相当と認める。
被告らは無過失ないし免責の主張をするが、被告西田において運転上の過失のあつたことは右認定のとおりであるから、採用のかぎりでない。
以上によれば、被告会社は加害車の運行供用者として、被告西田は不法行為者として、前記の過失割合に応じて、原告に生じた損害を賠償する責任がある。
第三、傷害
<証拠>によば、原告は、本件事故により、請求原因一の(六)記載どおりの傷害と治療経過(入院一〇五日、通院五四日中実通院日数四日)を経たが、左大腿部ほぼ中央付近以下切断の手術を受けてこれを失う後遺症を残した(その固定時期は昭和四五年四月下旬頃で、その程度は自賠法施行令別表第四級該当)ことが認められ、右認定に反する証拠はない。
第四、<一、略>二、逸失利益
証人田中あさえの証言および原告本人尋問の結果によれば、原告は妻あさえと共に大淀公設市場内で「田中屋」なる屋号の履物小売商を経営し、下駄、草履の加工、販売をなしていたが、原告が、かつて会社の保安係として隔日勤務していたこともあつてその営業上の名義を妻あさえとしていたが、停年退社後は主として原告が中心となつて経営に当つていたこと、が認められる。ところで、右の営業による原告の収入についてはこれを直接認定しうる証拠はないが、右掲記の証拠および成立に争いのない甲第二五ないし第二七号証を総合すれば、原告が昭和四四年度の所得税の申告に際し専従者給与として月額約三〇、〇〇〇円を取得していた旨の申告をなしていたことや、本件事故後原告が稼働できなかつた期間に原告らの三男秀明をアルバイトとして右の営業に携わせこれに毎月金三〇、〇〇〇円を支給していたことが認められるので、控え目に見積つて、原告の本件事故当時の収入を毎月金三〇、〇〇〇円程度と推認するを相当と考える。しかして、原告が本件事故により一下肢を膝関節以上で失つて回復不能の後遺症を残しその労働能力の低下が甚大であることは明瞭であり、原告の年令、右の職種を考慮しても労働能力が八〇パーセント程度は喪失したものとみるのが相当であり、前記のとおり、症状固定時期は昭和四五年四月下旬頃で、その時の原告の年令が満六〇才であるから、平均余命の範囲内で八年間は稼働しうるものと推認されるので、以上により、原告の得べかりし利益の現価をホフマン複式年別計算により算定すれば、次のとおり、金二、〇四七、三四四円となる。
1本件事故の翌日より昭和四五年四月下旬まで五ケ月間。
三〇、〇〇〇×五=一五〇、〇〇〇
2昭和四五年四月下旬より八年間。
三〇、〇〇〇×一二×一〇〇分の八〇×六、五八八=一、八九七、三四四
三、慰藉料
金三、二五〇、〇〇〇円
前記第三認定の傷害の部位、程度、入・通院期間、後遺症の内容、程度、その他本件に顕れた一切の事情を考慮して、慰藉料を金三、二五〇、〇〇〇円とするを相当と認める。 (吉崎直弥)